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それでも恋するノリコ

恋愛ブログではありません!

Domaniコピー「幸せそうって思われたい」論について個人の見解

ツイッターで流れてきたこのツイート。

に、対するLINE田端さんのツイート。

に、対するnanapiけんすうさんのツイート。

 

男性陣よ。そういうことではないのだ。

すいません、わたしこの雑誌読んでないしDomaniを読んだこと一度もないんだけれど、それを差し引いてもこれだけは言わせてくれ。

 

幸せかどうかは自分が胸に手を当てて決めればいい

そんなこたぁわかってる。

いくらなんでもそんなことはわかっているわよ。でも、女性にとって幸せに見えることは、他者からの見え方以上にいろんな意味があることを知ってほしい。

 

なぜ女性(と女性を代表するのもおこがましいが)がネイルをするのかわかりますか。嬉しいからです。気分があがるからです。PCをタイピングするたびにネイルが見えて、にやにやしているんです。

 

ファッション・美容のひとつひとつがまじで女性のモチベーションを高めます。

 

一方で、たとえばトイレから出て、洗面台の鏡を見たとき、「うわ、自分の顔めっちゃ疲れてるやん…」と思うとテンションは地まで下がる。実際に疲れてるかどうかはこの際問題ではない。疲れてそうに見えることがもう最悪なのです。

 

 

この雑誌の特集は、その裏返しだと思う。

鏡を見て、「あ、私今日きまってるじゃん!」(言い方が古い)と思ったらそのまま上機嫌に仕事ができる。笑顔で挨拶できる。まわりもハッピーになる。

 

幸せそうに見えたいというのは、むしろTPOを満たしたいというかなり原始的な欲求だと思う。男性で言う、「清潔そうに見えたい」と同じくらい根本的に必要な欲求。「実際にお風呂に入っていれば、ダメージジーンズにひげで出社しても良い」なんてそんなことあるか?(もちろんそういう社風のところはあると思うけれどあくまで一般的なビジネスマナーとして)

 

結局魅せ方の問題。実際は不幸なのに、体裁を取り繕いましょうなんて誰も言っていない(読んでないから知らないけど多分)。幸せだからこそ、堂々と幸せに見えた方がまわりにも良い印象を与えるし、仮にそうじゃなくても、幸せなファッションが女性を幸せにする可能性は十二分にありうる。

 

 

いいですか。

少なくとも女性が幸せそうに見えて得をすることはあっても損をすることはない。

(ここ重要)

 

 

 

職場を例に出しましたが、家庭でだってそうですよね。

仕事と家事の両立ってやったことないけれど、本当に大変だと思う。特に子供なんかが絡んでくると、「Aちゃんちはお弁当もすごい凝っているのに私は冷凍おかず使ってしまった…」なんて必要以上に自分を責めてしまいそうだなあと想像はつく。

そんなふうに負のスパイラルに入ると、どんどん自信をなくしてしまいそう。子供のこともっとやるために、仕事をやめるべきなんじゃないかとか考え始めたり。

 

そんなとき、ちょっと香りの良いハンドソープにしたとか。フライパンをティファールにしたとか。夫がケーキ買ってきたとか。

 

本当にそんなささやかなことで、気を取り直して頑張ろうって思えたりするのが女というものなのだ(多分)。そんなささやかなことで笑顔になれるなら、やった方がいい。ちょっとの工夫で、女は“幸せそう”になれる。これはまじなんだ。

 

少なくとも私だったら、ある日夫が50万円のブランドバッグじゃなくて、1000円で2人分のケーキ買って帰ってきてくれたら嬉しくて飛び跳ねる。翌日、めちゃ幸せそうな笑顔を職場で振りまける自信がある。

(私の結婚願望の9割は「『おいしそうなケーキあったから買って帰ってきたよ〜』と夫がなんでもない日におみやげを買ってくる」という夢に集約されている)

幸せそうに見えるってそういうことだと思うんですよね。

 

 

−だって、「幸せそう」って思われたい!

 

かなり語弊のあるコピーだと思うけど、私は十分納得できる。要は職場でも家庭でも、仮にくじけそうになったとしても少しの工夫で笑顔でありたいと、それだけのことだと思ったのでした。まる。(いちいち古い)