それでも恋するノリコ

恋愛ブログではありません!

別れるということ

f:id:maimaimu:20190717153237j:plain

 

本当は文筆家・佐々木ののか氏の作品のオマージュみたいな形で「離婚と内省」というタイトルにしたかったが、わたしの薄っぺらい文章ではオマージュというより「安易にパクった感」を醸し出してしまいそうなのでやめておいた。

なんにせよ気持ち的には、まさにこれは内省。

夫はひとつの物事を深く考えるタイプではないため、わたしがあれこれ思考を伝えようとしても全部「急にどうしたの?」という一言で片付けられてしまう。だからここに書くことによって、今回の一件については自分の中で整理をつけたいと思っている。

 

 

たった一年の結婚生活。

短すぎるということに異論はないけれども、わたしはもう幕を引きたいと思っている。

 

 

理由は、一言で言うなら、夫の育児への不参加。

もう少し具体的に言うと、家族であろうとする努力をまったくしてくれない夫に疲れた。

 

 

残業もほとんどなく19時過ぎには帰宅するし、土日祝はずっと家にいるが、育児の補助をしてくれることは皆無に近い。

娘が生まれてからの半年間で、オムツを変えた回数は10回に満たない。

なお、うんこを処理してくれたことは0回。夜間の世話を代わってくれたことも0回。だっこしてあやしてくれたことも0回。寝かしつけも当然0回。お風呂に入れたのも着替えを用意したのも0回。離乳食作りもあげたことも0回。

必要なものを買ったり考えたり、小児科に連れて行ったり、保育園について調べたり申し込み書類作ったりなんてことも、もちろん手伝ってはくれない。

 

 

育児に参加してもらうための努力も、自分なりにしたつもりだ。

 

 

ルールやtodoが決まっていたほうが動ける夫のために、お風呂のときはこういう役割分担をしたいとノートにまとめて解説したこともある。

しかし「それくらい自分でやったほうが早くない?俺いる意味ある?」と言われて結局一度も実践してくれたことはなかった(というか数日後にそのノートの存在を忘れられていた)。

「泣いているけど、いま手が離せないからあやしてくれる?」と言ったときは「よだれがつくのが怖いから無理」と言われた。

「哺乳瓶洗って」と言うと3回に1回くらいは「あとで」と言われそのまま忘れ去れれるので、あまり頼まなくなった。

 

 

 

育児に参加する、しないという次元を超えて、もはや彼の世界にわたしとベビーは存在していないに近いと思う。

 

 

たとえば、おなかをすかせて泣き叫ぶベビーの横で、わたしが離乳食にミルクに…と大慌てで準備しているとき、夫は別室でゲームに夢中。彼はヘッドフォンをつけていて、カチカチカチカチ…とコントローラーを操作する音だけがこちら側に聞こえてくる。

 

 

 

わたしたちのことを「妻子」としてではなく、「縁あって居住をともにしている親子」と認識しているとしか思えない。さもなくばこんなことになるだろうか…?いや、ならない。

 

 

***********

 

 

 

この半年間。

 

娘の成長を喜ぶのも、娘の不調を心配するのも、自分ひとりだった。肉体的にきついというより、精神的に孤独だった。

 

うまくいく日もあったし、爆発する日もあった。

この孤独を理解してほしくて、寄り添ってほしくて、助けてほしくて、泣きながら何度も何度も訴えた。でも夫はそんなわたしを(ヒステリーだなあ)と言わんばかりの冷たい視線で見つめるだけで、行動を変えてくれることはなかった。

 

それどころか、「育児が趣味じゃないの?」「そういう言い方すると、育児したくないみたいに聞こえるから、気をつけた方がいいよ」と言われたこともある。

育児は好きだし、楽しい。でも、一人でもうすぐ200連勤を迎えようとしているわたしに、どうしてそんなことが言えようか。

 

 

彼からのトドメの一言はこうだ。

「うち(実家)では子育ては母親がするものだったからなあ」。

 

 

何度も、もう無理だと思った。

仕事に復帰すればなんとか一人は養っていけるだろうし、こんな想いをするくらいならいっそ離婚したいと100回思った。

しかし彼への愛情を捨てきれず、また彼に無邪気に笑いかける娘の様子を見て、ずるずると決断を先延ばしにしてきてしまった。

 

 

 

だって、彼と楽しい時間を過ごせることも少なくなかったから。

 

彼の作った夕飯を食べながら、職場での出来事を聞く時間が好きだった。

一緒にテラスハウスを鑑賞したり、アニメを見てあーだこーだ言って笑うのが好きだった。

一緒にスーパーに行き、「なにかお菓子買う?」と聞いたとき、わたしの好きなお菓子を手にとってくれる彼が好きだった。

シャンプーを選ぶとき、一緒にいろんなサンプルをかいでみて「これにしよう!」と決めるのが好きだった。

いやなことがあったときも、「そんなの気にしないでいいじゃん」と飄々と言ってくれる彼が好きだった。

こういう名もなき、当たり前の幸せを手放すことがこわかった。

 

みんなも共感してくれるでしょう。ね。

良いこともあれば悪いこともある。それが人生だし、人間関係というものだから。

別れようと思えば、いつだって別れられる。それが今なのか、今じゃないのかを見定めるのは、誰にとってもとても難しい。

 

 

********

 

 

もう終わってるんだと理解したのは、ほんのおとといのことだ。

 

いつものように爆発して泣いているわたしを前にして、「じゃあ俺、あっち行ってるからね」と言い、部屋に行ってゲームを始めてしまった。

 

わたしは愕然とし、その後なんだか笑えてしまった。

 

世の中には努力でどうこうならないことがある。

「人を変える」というのもそのひとつ。

しかし努力で変えられるのは「自分」であって「他者」ではない。

そこでようやく、「彼と家族になることを諦めよう」と決心できた。

わたしが、変わるべきだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

**********

 

 

幸か不幸か、痛みや寂しさをなんとか紛らわしていく技術は、これまでになんとか身につけてきた。

ひとつ有効な手段としては、先回りして備えることだ。

どんなときにつらくなるかを知っていれば、心の準備をすることができる。

 

たとえばスーパーでほうれん草を見て「彼は本当にほうれん草が好きだったなあ」などと思わないこと。

彼の大嫌いなきのこをかごに入れながら「これからは好きなだけ食べれちゃうんだなあ」などと思わないこと。

テラスハウスは二度と見ない。

お台場なんて死んでも行かない。

そうしたらあとは時間が解決する。問題ない。

 

 

だからわたしは彼と別れることに決めた。

そして彼が家を出るその日までなるべく彼と仲良くすごし、笑顔で送り出すのが目標だ。

 

 

彼には、自分のやりたいことを絶対に譲らないという芯の強さがある。

家族を作ることには向いていなかったかもしれないが、彼が彼の人生において幸せでいるためにはなかなかの強みになるだろうと思う。

この別れが、互いによりよい未来に続くことを祈っているし、きっとそうなるだろうと今は思えてならない。