それでも恋するノリコ

恋愛ブログではありません!

袖振りあうも多生の縁

歳を重ねるにつれて人づきあいに関する考え方が変わった。

10代の頃は「知人を友達を思えるまでには最低2年はかかる」とか「交友関係は狭く深くがいい」とか言っていたものですが(まあ今でも思うには思うけど)

最近は「自分と他者はあくまで別の人間だ」ということへの理解が深まり、何年一緒にいたって理解し合えない部分はあってもおかしくないし、一緒に過ごした時間が短いからといってその人が自分の理解者ではないということにはならないと思えるようになった。

当たり前といえば当たり前のことだけれども。

だから付き合いが長かろうが短かろうが、ある瞬間にある感情を共有できたなら、私はぜひその人を友人と呼びたい気分である。

 

 

 

たとえば、一緒に食事を囲んでおいしい!と感激し合えたなら。

画面越しに同じゲームをして(ネトゲのことだ)、一緒に熱くなれたなら。

映画館でたまたま隣に座って、同じシーンで涙をこぼしたなら。

 

 

そのときその感情を一緒に抱けたことが何よりのコミュニケーションだと思う。

その人がどんな思想や理念を持っているか。どんな価値観か。

やや乱暴な言い方だがどうでもいい。

名前や性別だって問題ではない。もちろん国籍も。

 

 

 

・・・・・・・・・・・って思える出来事がこの前あった。

 

作家・小野美由紀さんが主催した「身体を使って書くクリエイティブライティング講座」に参加したときのこと。

 

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実はライティングに関するワークショップに参加したのは人生初だったのだけれど(なぜか演劇のワークショップに一回行ったことがある)、なぜこちらの講座に興味を持ったかというと

 

ワークショップ概要ページの「狙いと目的」の1つにこう書いてあったからだ。

 

3.自分らしい表現方法を深める
自由に、楽しみながら、自分らしい表現方法、人に伝わる方法を発見してゆきます。

そのために、心と体の緊張をほぐすワークや、自分のなかの「感情の素材」に出会うワークなどが用意されていると書いてある。

 

・・・・・・・・・・・・・どういうこと?(笑)

 

ワークショップ自体ほとんど経験がないということと、私の想像力の乏しさで、この説明がわかるようでわからない。

それなら体験してみようじゃないかと思って申し込んだ。

 

なぜか試す側のような心境の受講前

後から振り返ってなんとなく思うことなので、そのときはそういう自覚を持っていなかったと強く主張しておくが

 

根がひねくれているせいか、受講前はどこか斜に構えていた部分があるような気がする。

 

小野さんにお会いするのは初めてだったので、どういう人なんだろう。ファシリテーターとして名を連ねる矢野さん、岡村さんも何者なんだろう。一体どんな人がこの講座に興味を持って申し込むんだろう。どんな文章書くんだろう。どんなテンションで取り組むんだろう。

 

もう、全然当事者意識がなかった気がする!いやお前が受講生だよっていう(笑)

 

まあ嵐でしたしね(関係ある?)

 

濡れそぼっていたので。

でもそうかあ、そんな私みたいな人のために畳の上をキャーキャー言いながら走り回るワークがあったのか…。

 

受講生とファシリテーターで計12人だったと思うのですが、前の人の肩に手をおいて電車のように連なった状態で、先頭の人が最後尾の人を追いかけまわすっていうアホ極まりない遊びで絶叫しながら逃げまどった私はなぜ最後尾にいたのかというとじゃんけん電車でひたすら負け続けたからである。

 

 

ほかには、2人1組になって、前の人は目をつぶり、後ろの人は前の人を押して部屋中を歩き回るというワーク。前の人は、後ろの人を信じてひたすら足を前に進めるしかないのだが、これが案外こわい。しかも途中で後ろの人が入れ替わる。目を閉じているので誰になったのかは見られないため、「触り方や手の大きさなどに意識を集中させて、誰が押しているか想像してみて」とのこと。

 

これがほんとに面白くて、ただ押されているだけなのに人によって全然違う!見た目やしゃべり方、性別などに印象操作されずに、その人の本質?に触れられる気がした。そして最後に押してくれたのは小野さんだったのだが、目を開けていいですよーと言われた瞬間に「美由紀だと思ったあ!」と咄嗟に口をついた。

 

 

…どんだけなれなれしいねん私

 

 

でもそれも愛嬌みたいな雰囲気だったので大丈夫です。

 

※ちなみに下の名前で呼び捨てにしたのは、最初にお互いの呼び名をインプットするワークがあってそこで「美由紀」と何度も発語していたためであって、私がぶっ飛びすぎているというわけではないです、念のため笑

 

気づけばすっかり当事者意識に変わる後半戦

午後のワーク、つまりどのように自らの中から「素材」を見つけそれをアウトプットにつなげていったかについては、せいけんさんのレポートや

kiga-rune.jugem.jp

同じく受講していたれいちゃんのnoteに詳しいのでここでは割愛する。

note.mu

 

ちなみにれいちゃんのレポはタイトルの日付は違うわ参加者の人数は違うわで数字にどんぶりなところがとてもいい味を出している(笑)

 

それはいいとして、後半もあんなことやこんなことをしながらワークを頑張った。その過程で、同じテーブルの人とインタビューし合いながら意見交換したり、ヒントを出しあったりする。狙いとしては、第三者の視点を加えることで自分の中にある「素材」を客観視することができ、作品に昇華しやすくなったり、もしくは新たな発想のきっかけになったりする、などあると思うが

 

結果的にものすごい相手の内面を知ることになる(ほじくるとすら言える)。

 

たとえば私が「東京都出身で小学校から高校までカトリックの一貫校を出ました。その後医学部に入りましたが2年で中退して東京芸大に入りました。新卒で入った会社は1か月半でやめてそのあとも紆余曲折ありましたが今は会社勤めでライターをしています」と説明したら私の半生を知ることはできるかもしれないが

 

それはつまり何も知らないのと同じである。私が女であることや28歳であることと同じくらい表面上の情報だ。

 

でもこの日、こういったことをなにひとつ知らない受講仲間たちは私の「日記を20年近く書き続けていること」「失うことを過剰に恐れる性質」「音楽をきっかけに精神を立て直した過去」「なにかとセリフ調で作文するクセ」「ルールがかえって私を生かすこと」「小学生のときオリジナルの暗号を使って手紙を書いていたこと」「猫ばかであること」「じゃんけん電車が弱いこと」を知っている。

すごくない?

しかもその中の「失うことを過剰に恐れる性質」「ルールがかえって私を生かすこと」「じゃんけん電車が弱いこと」は自分自身ですら知らなかったことだ(じゃんけん電車はもういいよ)。

 

 同様にして相手のこともたくさん知ることができた。あるキーワードからどんなものを連想するか、何を題材にして書くか、どう発表するか。そのひとつひとつがすべて個性で、その人そのもので、まさに作品だった。端的に言うと、私はとても感動した。

 

 

それからね、その日私は猫神「ふわふわ様」の話を書いたのだけれど、ワークで「お互いの文章を交換して読む」っていうのがあって。これもやはり第三者の視点を持って自分の作品と向き合うためだと思うが、私の創作文を怜ちゃんが読んでくれまして。あとからわかったことだけれど怜ちゃんは日ごろからライブをする人物で、まさにプロという感じで見事に「ふわふわ様」の世界観を表現してくれた。

 

私は大学で作曲を勉強していたこともあって、自分の作ったものを他者が表現するという形態が大好きである。自分の作品にまったく新しい+αの力が加わって別モノになるというイリュージョンが大&大好きなのである。

だからワークショップラストの発表のときも、みんな自分で発表する中、私は怜ちゃんにお願いした。「人の文章を読むのは初めて」と言っていたので、私は怜ちゃんの初めてを奪ったのである(何の話)

 

 

あの日、あの会場へ行くまで

私は、このワークショップで何か得られるとしたらライティングに関するクリエイティブな発想だと思っていた。

もちろん、ライティングに関するさまざまなワークはどれもおもしろく、創作意欲を掻き立てられ、自分の知らない一面を知ることになり、非常に充実していた。

けれどそれ以上に、自分が初対面の人の言葉にこんなに胸を動かされることがあるのだと知ることができたのは嬉しい誤算だ。

 

そして最後、小野さんから「ぜひ創作の仲間を見つけてほしいと思う」と言っていただき、まさにそれだ、必要なのは、仲間だ…!と嵐の真ん中で思ったのだった。

 

 

 

 

作るって、すごい。作るって、爆発だ!

芸大を出ていながら、なんだか忘れていた。毎日会社員として何千字も無機質な言葉をタイピングしていたら、忘れていた!

 

でも思い出した!やったー!!

 

私はあの日、本当に「やったー!!」と思いながら眠りについた。あの日の爆発、忘れたくないなあ。

 

就職した話

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アメショを2にゃんお迎えして今日も生きています。こんばんは。

突然ですが就職しました。

14ヶ月フリーランス生活を送って、再就職しました。備忘録としていくつか書き記しておきます。

 

なぜ就職しようと思ったか

言える理由と言いにくい理由があるのでまずは前者の方を。

 

「人間らしくなりたかったから」

フリーランス生活って、いつ起きていつ寝てもよくて自分の好きなように仕事をハンドリングできて平日を自由に使えて…本当に最高でした。

しかしその生活が10ヶ月を越えた頃から…なんかよくわかんないけどなんとなく具合悪い。と思うようになった。

だるいというか。ぼーっとするというか。

寝ても寝ても寝た気がしない。というかむしろ寝付けない。いつも脳内が腫れている気がする。

ぱっと思いつく理由に

・動かなすぎ(通勤すらなく、数日引きこもるなどザラ)

・画面見過ぎ、タイピングしすぎ(眼精疲労、腱鞘炎)

いやウォーキングくらいしろよと思われるだろうがそれができたらそもそもこんなことにならない。

そして

・部屋着以外のちゃんとした服を着ない、化粧もしない

・人と会わない(コミュニケーションの忘却)

というのも加わり「私はそのうち肉塊になるんじゃないか・・?」と思うようになってきた。

会社勤めをし、決められた時間に起床し決められた時間に出社し、決められた業務をおこなう。実はこれこそが人間らしく生きるということなのではないか…?などと考え始める。

 

言いにくい方の理由はさらっと。一部のクライアントの無茶ぶりに疲れた。

 

どんな会社に就職したか

縁あって教育業界の会社にお世話になることになりました。その中の、出版編集部というところに所属しています。当たり前といえば当たり前ですが今さらライティングや編集以外の職種にはいけないというか、これだけが武器というか…

上司は役職名をつけて呼ぶような会社で、今までみたいな「サンダルOK」とか「音楽聴きながら仕事OK」とかとはほど遠い世界です。めっちゃ大きな声で挨拶とかします。案外順応しています。人ってすごい。

これまでの仕事があった上で、ステップアップとしての就職ができたのでキャリアアップに当たると思います。本当に拾ってもらえたことに万感の思いです。

 

就職直後所感

まだ2週間ちょっとしか経っていないのですが、すっかり人間に戻りました

夜0時に布団に入るとか、朝8時に起きるとか、毎日化粧するとか、なんて人間らしいんだろう!!!

我ながら何に喜びを感じているんだかよくわからないけれどなんか人間になれたって感じで嬉しいよ(頭悪い)。(そしてこれを書いている今が2:44という矛盾)(頭悪い)

 

そのほか思ったこと。

・職場が近いのは絶対正義(通勤ラッシュで苦しまない。時間の無駄もない)

・まじで時間がない。帰宅して夕飯食べて猫のトイレ掃除して洗い物して風呂入ってCOSMUSICAのことをやったらそれだけで3時間はすっ飛ぶ。ハープの練習時間を捻出するのに必死。朝30分、夜1〜1.5hを目標にやっているが0の日もしばしば

ユニクロは最強。オフィスファッションなんてわからないよ〜〜と思っていた一ヶ月前のわたしを優しく抱きしめにいきたい。ユニクロがあるから大丈夫だよって、耳元でささやいてあげたい

・太った(一日1〜2食が2〜3食になり体重増えた)

・靴がほしい(一足だと履きつぶしてしまいそう)

 

眠いのでとりあえずここまで

またいろいろ書きにきます

愛猫が死んだ

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7年間苦楽を共にした愛猫・ましろが7/12に虹の橋を渡ってしまいました。

(写真は生前ですのでご安心を)

私という人間はすぐになんでも忘れてしまうので今のうちにつらつらとましろの最期を書き残しておきたいと思います。

 

***

事の経緯

ましろの体調不良に気がついたのは、3/20頃で、黄色い胃液を嘔吐したのがきっかけでした。

そういえばカリカリの減りが遅いと気づき(うちは置きエサだし、3人家族が気づいたときに入れる方式なので気づきにくい)、さらにハッとしたのは「昨日からシャカシャカブンブンを持ってこない」ということ。

22日のハープレッスンでは先生から「ましろちゃん元気ないですね」と言われて「客観的に見てもそう思いますか!?」とその日のうちに近くの動物病院へ。27日に血液検査の結果を聞きにいったときに、「長くない病気かもしれない」と言われました。

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そのときはまったく病名なども不透明だったのですが、これ以上は地域の病院設備ではわからないということで、4/2に川崎の日本動物高度医療センターへ。がんの専門医に診ていただき、ついにすい臓由来の末期がんだということがわかりました。とてもこれから治療できることはないので、対処療法としてステロイドを打つくらいしかできることはないと言われました。

 

ましろは病院嫌いな猫の中でもおそらく上位に入るレベルで病院が大嫌いなので、つれていくかかなり悩んだのですが、父が「助からないとしても、どうして死んでしまったのかわからないままだともやもやするから」と背中を押してくれたため検査には連れていきました。けれどエコーのために全身麻酔をかけるときに案の定パニックになって糞尿をもらし、なかなかに凄惨な状態で手元に帰ってきて(もちろんドクターたちはできるだけ優しくしてくれたはずです)、そしてましろの怯えきった顔を見て病院にくるのは本当にこれを最後にしようと固く決意しました。

 

***

寛解

ということでましろを連れて帰ったあとは驚くほど何もせず、「なんとか助かる道はあるんじゃないか」と調べたり、がんに聞くと言われている高級な栄養剤を買ったり、といったことは一切せずただ毎日ましろを眺めて過ごしました。

ここに悩みがなかったのは幸いなことでした。末期ガンの猫のためにいろいろと手を尽くすべきか、多くの人は悩むところなのかもしれないのですが、私たち家族(というか私と父)の意見は一致しており、「ありのままにする」というもの。

野生の動物は、具合が悪ければ物陰にひっそりと丸まって身の保全をはかります。そして、自ら死を選ぶことは決してありません。

私もそのようにましろの最後を見守りたいと思いました。

するとどういうことでしょう。

本当に不思議なのですが、病院へ行った日の一週間後くらいから、カリカリを割ともりもり食べるようになったのです。心なしか起きている時間も長くなって、一度はシャカシャカブンブンを持ってきたことも。

「治ったのかも!?」

なんて思うほどは楽観的ではない私ですが、単純に我が子がごはんを食べている姿を見るのは嬉しかったです。

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***

下り坂期

6月の後半くらいから、またましろの病魔が力を増してきて、毎日少しずつ、ましろのからだが重くなっていきました。反して体重はどんどん軽くなって、これまでなでたときに触れることのできなかった箇所をあちこち触れるようになった。

ましろは一日の半分をベッドの下で過ごしていました。寝るでもなく、鳴くでもなく、ただじっと座っているのです。ずーっと香箱座り。何かを我慢しているのか、痛いのか、だるいのか、何もわかりませんでした。

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(水を飲むだけで感激して記念に写真をこっそり撮っていた。気が散らないように消音)

そして1〜2時間に一回リビングに出てきます。私はましろをよーしよしと撫でてやり、粉々にしたカリカリを手でかき混ぜて音を鳴らすとましろがカリカリをくんくん。「頑張れ頑張れ!」と背中を撫でてやると3粒くらい食べてくれます。この“応援”をしないとなぜか食べてくれないから、原稿中でもなんでも、ましろが起きてきたら駆け寄ってなんとか食べるように応援していました。このときほど、フリーランスでよかったと思ったことはないです。

 

そして今月に入ってから、いよいよカリカリも食べられなくなって、食べるのはチャオチュールだけ。それでも食べてくれるのは嬉しい。私の手から、ぺろぺろと食べた。

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(眺めるけれど食べられない)

7/5から、鼻がつまるようになって、腫瘍が鼻の方に広がってきたのだとわかりました。とにかくずっとズルズルと音がなっていて、口呼吸を絶対にしないために相当息苦しそうに見えた。それでもましろは、私が寝る時間になると一緒にベッドに上がってきて、わたしのおなかをふみふみしにきます。

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そして横にぎゅっと丸くなって眠るので、毎日ましろを撫でて、元気な頃だったら絶対に嫌がるような距離感で密着して寝ていました。私が起きてリビングに行くと、必ずついてくる。そしてチャオチュールを食べたあと私が原稿を始めると、じーーーーっとこっちを見て黙っている。仕方がないのでノートパソコンを持って寝室に行くとついてきて、ベッドに上がって丸くなる。そんなこんなで私はほぼ毎日寝室で原稿を書きました(しばしば一緒に寝てしまうことも笑)。

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(これらは病気がわかる前。見返してみると元から仕事中もいつも一緒でした)

 

***

末期

7/9。起床した私のあとを追いかけてきたましろにチャオチュールをあげたら、ふらふらっと転んで痙攣を起こした。両手両足が揃ったまま、ものすごい痙攣でした。以前愛犬を亡くしたときにも痙攣は見ていたので、比較的落ち着いて見守ることができたと思いますが、やはりショックでした。聞いた話によると、痙攣中は意識がなくて、痛みなども感じていないらしい。それでも、痙攣を起こしている我が子をなすすべもなく眺めるのはかなりきつい。

痙攣が終わると、ましろは自分でも何があったのかわからないような様子で慌てて立ち上がろうとしたんだけれどうまくいかず再び転倒。また痙攣した。その日を境に、もう自分で歩くことはできなくなってしまいました。

せっかく買ったのに、一度も使ってくれなかったふわふわの猫ベッド。横たえると、ぴったりだし気持ち良さそうでした。いい感じ。使ってくれたらよかったのに。ね。

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(これは元からお気に入りだったベッドで通称キテレツベッド笑)

目はうっすら開いているけれど、目はもう合わない。ほとんどの時間ぼーーーっと横たわっているけれど、時折自分の足を抱え込むようにして前頭部を押し付け、「にゃああ・・・・!」と悲痛な声をあげていました。ときにはすごい勢いでごろんと一回転することも。脳内に違和感があるのか、割れるように痛いのか、とにかくわからない。でも私の手が近くにあるときは私の手に必死でしがみつきながら悶えるものだから、つらかったです。

「痛いの?かわいそうに」

早く楽にしてあげたいとはじめて思った。

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7/11。どうしてもこの日に(自分の)健康診断に行かなくてはならなくて、非常に不安でしたが家を2hあけることに。その間は母にみてもらっていたので孤独死だけはなかったけれど、それでも絶対に看取りたいという思いがあって、健康診断中、それどころではありませんでした。健康診断とは…。

10分に一回「生きてる?」とLINEで確認。最寄駅から家に歩く4分の間、なぜか泣いてしまった。ましろは生きていたけれど、3回痙攣を起こしたとのこと。私がいないのがわかって不安になったのかななんて思ったりした。

7/12。ましろがベッドで糞尿をもらしてしまった。眠すぎて、よく覚えていないけどとにかく片付けた。次に目を覚ましたとき、なぜかましろは私の両足の太ももの間に挟まっていました。多分もだえながらごろごろと転がった果てにわたしの足の間に挟まったものと思われる。私はまたまた眠すぎてよく覚えていないのだけれどとにかくましろをひょいと持ち上げて初期位置に戻しました。ましろの珍妙な動きにはもはや意思は介在していなくて、それはちょっと壊れたおもちゃが誤動作して、それをいちいち直す作業みたいだった。

私が起きてからましろをリビングに猫ベッドごと連れていったのだけれど、ましろは呼吸が苦しいのか頭をものすごく反り返らせて犬掻きのように足をずっとばたばたさせていました。目はうつろで呼吸量はすごく少なかった。どうにもずっとばたばたしているのでなんとかできないものかと抱き上げたら、止まった。だっこしている間はおとなしくしていたので、らくなのかな?と思って、私はこの日、数時間単位でましろをおなかにのせて過ごしました。

あと鼻くそがこびりついてしまっていたので、とろうと試みました。もうほとんど意識はないんだけれど、鼻を触られるのはそれなりに嫌そうなそぶり。私はそれすら嬉しかった。ある意味ましろの最後の意思表示でした(鼻くそはちゃんと取れた)。

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22:30頃。ましろがしゃっくりのようなものをし始めた。しゃっくり…?と思ったけれどよく見ると呼吸が止まりかけている。

あ、どうしよう。もしかして、もしかする…?

私は全然わからなかったんだけれどましろの顔に自分の顔を寄せて多分ものすごい真剣な顔で眺めていたと思います。しゃっくりのようなものの感覚が、ちょっとずつ広がって、これが最後の呼吸…?と思うとまたしゃっくりする、みたいな感じで。私はただましろのことを撫でていました。

ヒッ…と呼吸をして、ましろが動かなくなった。

「ましろ、ましろ」

私がましろをゆすると、ましろはまた「ヒ、」と身じろぎして、両手両足をぐぐーーーーーーっと伸ばした。まるで寝起きの伸びみたいな感じで、苦しそうにというよりは結構リラックスした感じの、伸び。それでふーーーーーっと息をはいて、スッといなくなってしまいました。

 

魂の重さとはよく言いますが、ましろのいなくなったましろは、本当にびっくりするくらい軽かった。全ての力が抜けて、手足はふにょふにょ。本当に骨と皮だけの入れ物がそこにはあって、まるで脱皮した抜け殻みたいでした。

わたしはましろを抱き上げて、まだふわふわのましろちゃんをぎゅーっと抱きしめました。うちに来てくれてありがとう、家族になってくれてありがとう。心からそう思った。

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(ベイビーましろ)

そしてお葬式のときにかわいい状態で送り出せるよう、顔が変形しないような状態にましろを安置し、穏やかな表情に見えるように目もつむってもらいました(死後硬直の前にしないと直せなくなるということを愛犬のときに学んでいた)。

両親が見舞ってくれて、翌日のペット葬儀の予約もして、ましろと眠る最期の瞬間だというときに初めて声をあげて泣いた。死んでいるのに、ましろはなおとてつもなくかわいかった。

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看取れたし、いっぱい一緒にいられたし、遊んだし、私の中に後悔はなく、ましろもきっと幸せな猫生を送ってくれただろうと思っています。長く苦しむよりはできるだけ楽に旅立ってほしいと思っていたし、できる限りでそのような最期をサポートできたと思います。なので意外にもあまり悲しいという感情はなく。それなのに、ふとした瞬間にわーっと泣く→2分で素に戻る、というのを繰り返しているので頭か体か、どちらかがましろの死についてきていないのでしょうか?

とにかく私は、次に生まれ変わってもまたうちの子になってね、と、それだけ毎日伝えたいです。

 

そしてすごく当たり前のように水飲み機とごはん皿とトイレはそのままにしてあってこれをいつ片付ける気になるかは未知数すぎますがうちに来る人はそのへん突っ込まないでください。

 

最後まで読んでくださった方、長々とありがとうございました。

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没 平成29年7月12日 22:30頃 7歳7ヶ月

会いにいくまでまっててね

ライティング講座:最短…?インタビューざくざく構成術

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こんばんは。ライターのノリコ・ニョキニョキです。

今日は、自分がインタビュー原稿の構成を作るとき、なかなかスピーディなのではないかという仮説から、私の構成のハウツーを簡単にシェアしたいと思います。ただ、人が構成を作っているところを見たことがないので、最短かどうかはまったくわからないというのと、それみんなやってるよとか、そのやり方微妙じゃない?とかがあればそれはもう、ごめんなさい。そういう場合はそっとしておいてください。

 

まず前提として、私の書いたこれらの記事がこのようにして生まれた、というのがわかりやすいように、過去の仕事を貼っておきます。

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さらさらっと見ていただいた上で以下の適当な説明をご覧いただければ幸いです。

 

1.書き起こす

構成とは違いますが、何はともあれまずは書き起こしですよね。

私がインタビュー記事を書かせていただいているWantedly Journalの案件は、ディレクターのHさんが同行してくれます。そして、メインのインタビュアーは一応私なのですが、Hさんもかなり聞き手をやってくれます。

と、いうこともあって、私は現場で全部書き起こしてしまっています。タイピングが自分でも引くほど速いので、よほど早口の人でないかぎりほとんど書き取れます。もちろん録音もしていますが、確認用です。

 

2.サブタイトルをつける

家に帰って、書き起こしを見ます。そしたら、いきなりサブタイトルをつけます。たとえば、最初に話していただいたのがインタビュイーのこれまでの経歴だとしたら、

「〜〜職との出会い」

とかなんとか。この段階ではかなり適当につけます。要するに、何について話しているかあとから目次のように見れればおk。

ちなみにこの作業はインタビュー当日にやるのが一番おすすめ。会話のニュアンスや話しの流れを覚えていて「思い出す」という作業がいらないので、作業効率が段違いに良いです。

 

3.またサブタイトルをつける

読み進めて、「〜〜職との出会い」の話題じゃなくなったな〜と思ったら、次の話題にふさわしいサブタイトル(目次)をつけます。これも、考えすぎずにとりあえずつける。たとえば、「〜〜による転機」とか、「地方での営業時代」とか。

 

4.はぐれトークは森に還す

書き起こしを読んでいくと、これはちょろっと話題がはずれているな、でもあらたに目次をつけるほどでもないな、というはぐれトークに出会うことがあります。(はぐれトークが現れた!)

この子は、いるべき場所に還します。たとえば、序盤に「地方での営業時代」の話を語ってもらって、そのあと別の話題になっているのに、一瞬また営業時代の話しが出てきた…というときなどは、大胆にコピペして序盤の目次のところに入ってもらいます。このとき、つながりとかは気にしません。とりあえずは、とにかく仲間の文脈のところにもっていくだけ。

イメージとしては、色鉛筆を整理する感じ。順番がぐちゃぐちゃの色鉛筆が目の前にあって、きれいに並べ替えてくださいと言われたら、とりあえず同系色のものをまとめて、その中でまた順番を精査しようとすると思います。

そんな感じで、まずは仲間の話題を集める。

 

5.目次は恐れずにつけていく

そのようにやっていくと、これは新しい目次をつけるほどではないかな…?とか、これはどの話題に近いだろう…?と混乱してくることがあると思います。しかし、この段階でそんなこと考えなくて大丈夫。とにかく迷ったら目次増やしましょう。増やした方が、分類も楽です。

 

6.目次をつけ終わったらM&A

なぜいちいちわかりにくいたとえを出すのかという感じですみませんが、目次をつけ終わったら、全体を見て分量バランスで統廃合をおこないます。

目次つけたはいいものの、ここは話し薄いからこっちの話題にくっつけようとか、逆にここは重たいから目次増やそうとかちょっと分量調節をおこなっていきます。それから、より内容を的確に表せるサブタイトルはないか、ここで少し見直したりします。

 

7.思い切ってシャッフル

先ほどの色鉛筆の流れですが、目次によって話題のブロックが出来上がったら、今度はそれをブロックごとに移動します。

もし、めちゃインタビューがきれいな流れで進んで、そのままの流れで読み物として成立するのであればこんなことはしなくてもいいのですが、インタビューというのは普通その場の流れで話題が前後しています。

たとえば、アイスブレイクで何かが盛り上がって、そのまま「今挑戦してみたい事業はなにか」という話題になったとします。インタビューのときはこれが最初の話題だったかもしれませんが、読み手的にこれが一番最初にきていたら、ちょっと読みにくいかもしれない(書き方にもよるけど)。

 

8.シャッフル(つまり構成)に使える小技

1) 私の定石なのですが、今の話題、過去の話題(挫折を乗り越えたか?とか、入社直後と今で仕事観は変わったか?とか)、未来の話題(これからやってみたいこと、業界の将来について思うところなど)という流れにするのが好きです。

ある意味無難ですが、その人のバックグラウンドをひとしきりわかった上で、今後のビジョンを読める構成にすることで、やはり親近感を持ってもらえると思うので。

2) ほかにも、Wantedly Journalではパーフェクト人間ではなくある意味等身大の人間くささのようなものを出す原稿が好まれるので(と言ってもインタビュイーのみなさんは本当にすばらしい方ばかりですが)、前編では仕事のことをかっちりとまとめて、後編で一気にインタビュイーの素の表情をクローズアップしたりしてギャップを作るのもよくやります。

 

9.あとは頑張る

ここまで終わるとですね、土台ができたなあという感じ。ラフですね。あたりがついた感じ。1時間の書き起こしだとすると、ここまでを20分くらいでやります。

あとはパーツごと(目次ごと)に工事していきます。ここからはまあ大変ですよ・・・でもやっぱりインタビューは楽しいです。新しい考えや文化に触れることができて…日頃浮世離れした生活をしている自分からすると、いろいろと衝撃も多い。

こんな機会をくださっているHさんには感謝しかありません。

 

 

綺麗にオチがついたところで、さようなら。

Domaniコピー「幸せそうって思われたい」論について個人の見解

ツイッターで流れてきたこのツイート。

に、対するLINE田端さんのツイート。

に、対するnanapiけんすうさんのツイート。

 

男性陣よ。そういうことではないのだ。

すいません、わたしこの雑誌読んでないしDomaniを読んだこと一度もないんだけれど、それを差し引いてもこれだけは言わせてくれ。

 

幸せかどうかは自分が胸に手を当てて決めればいい

そんなこたぁわかってる。

いくらなんでもそんなことはわかっているわよ。でも、女性にとって幸せに見えることは、他者からの見え方以上にいろんな意味があることを知ってほしい。

 

なぜ女性(と女性を代表するのもおこがましいが)がネイルをするのかわかりますか。嬉しいからです。気分があがるからです。PCをタイピングするたびにネイルが見えて、にやにやしているんです。

 

ファッション・美容のひとつひとつがまじで女性のモチベーションを高めます。

 

一方で、たとえばトイレから出て、洗面台の鏡を見たとき、「うわ、自分の顔めっちゃ疲れてるやん…」と思うとテンションは地まで下がる。実際に疲れてるかどうかはこの際問題ではない。疲れてそうに見えることがもう最悪なのです。

 

 

この雑誌の特集は、その裏返しだと思う。

鏡を見て、「あ、私今日きまってるじゃん!」(言い方が古い)と思ったらそのまま上機嫌に仕事ができる。笑顔で挨拶できる。まわりもハッピーになる。

 

幸せそうに見えたいというのは、むしろTPOを満たしたいというかなり原始的な欲求だと思う。男性で言う、「清潔そうに見えたい」と同じくらい根本的に必要な欲求。「実際にお風呂に入っていれば、ダメージジーンズにひげで出社しても良い」なんてそんなことあるか?(もちろんそういう社風のところはあると思うけれどあくまで一般的なビジネスマナーとして)

 

結局魅せ方の問題。実際は不幸なのに、体裁を取り繕いましょうなんて誰も言っていない(読んでないから知らないけど多分)。幸せだからこそ、堂々と幸せに見えた方がまわりにも良い印象を与えるし、仮にそうじゃなくても、幸せなファッションが女性を幸せにする可能性は十二分にありうる。

 

 

いいですか。

少なくとも女性が幸せそうに見えて得をすることはあっても損をすることはない。

(ここ重要)

 

 

 

職場を例に出しましたが、家庭でだってそうですよね。

仕事と家事の両立ってやったことないけれど、本当に大変だと思う。特に子供なんかが絡んでくると、「Aちゃんちはお弁当もすごい凝っているのに私は冷凍おかず使ってしまった…」なんて必要以上に自分を責めてしまいそうだなあと想像はつく。

そんなふうに負のスパイラルに入ると、どんどん自信をなくしてしまいそう。子供のこともっとやるために、仕事をやめるべきなんじゃないかとか考え始めたり。

 

そんなとき、ちょっと香りの良いハンドソープにしたとか。フライパンをティファールにしたとか。夫がケーキ買ってきたとか。

 

本当にそんなささやかなことで、気を取り直して頑張ろうって思えたりするのが女というものなのだ(多分)。そんなささやかなことで笑顔になれるなら、やった方がいい。ちょっとの工夫で、女は“幸せそう”になれる。これはまじなんだ。

 

少なくとも私だったら、ある日夫が50万円のブランドバッグじゃなくて、1000円で2人分のケーキ買って帰ってきてくれたら嬉しくて飛び跳ねる。翌日、めちゃ幸せそうな笑顔を職場で振りまける自信がある。

(私の結婚願望の9割は「『おいしそうなケーキあったから買って帰ってきたよ〜』と夫がなんでもない日におみやげを買ってくる」という夢に集約されている)

幸せそうに見えるってそういうことだと思うんですよね。

 

 

−だって、「幸せそう」って思われたい!

 

かなり語弊のあるコピーだと思うけど、私は十分納得できる。要は職場でも家庭でも、仮にくじけそうになったとしても少しの工夫で笑顔でありたいと、それだけのことだと思ったのでした。まる。(いちいち古い)

こんな夢を見ました

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あちこちで触れ回っているので身近な人は既知のことでしょうが、愛ネコの末期ガンが発覚しました。

実は幼少期に予防接種で動物病院へ行ったとき、あまりにパニックをおこして診察室でうんこを撒き散らしたのがお互いにトラウマで、

「病気になったらそのときは仕方ない」

と割り切ってそれ以降一度も健康診断に連れて行ったことはありませんでした。

 

といっても、ましろ(猫)さまの血液検査は、末期ガンにも関わらずクリーンなもので、麻酔をして毛剃りをしてエコー検査をしてようやくわかったガンですから、いずれにせよ健康診断で見つかることはなかったでしょう(というのがせめてもの救い)。

 

ましろがごはんを食べないことに気づいたのは、3月20日のことです。21日は結構な雨だったので、22日に気だるそうなましろを連れて動物病院に行きました。

キャリーバッグを死ぬほどいやがるので、レスポの大きなバッグにましろの好きなクッションを入れて、ましろを入れました。ましろにとっては5年以上ぶりの病院です。でも、すでに元気がなく、目をしょぼしょぼさせて私のことを見つめるのみ。

さすがに診察室に入ってからはそれなりに威嚇をしましたが(それすら嬉しい)、とても元気な頃のましろからは想像もつかない気弱な姿を見せつけられました。

 

22日は、「一時的な食欲不振かもしれないから、もう少し様子を見ましょう」と言われて終わりました。私もそれもそうだなと思い(というのもやはりエコーをするには麻酔が必要で、多少のリスクがあるため)、その日は連れ帰りました。ウェットフードを与えたところ、勢いよく食べたので安心したという節もあります。

 

しかしそのあとどんどん食べなくなり、3月27日に再び病院へ。エコー検査をしたところ膵臓の近くに2cm×2cmの影が見えると言われました。これは腫瘍か、もしくはFIPと呼ばれる猫腹膜炎による肉芽腫かもしれない。腫瘍の場合は、場合によっては取ったり抗がん剤治療という選択肢もあるが、FIPの場合は非常に予後が悪い(つまり近日中に死ぬ)と言われ、なにはともあれ腹水を検査にまわすことに。(ちなみに、腹水というのはそもそも病気じゃないと出ない)

 

結局FIPは陰性で、光明が見えてきました。ただ、地元の動物病院ではこれ以上の検査はできないといわれ、川崎の「日本動物高度医療センター」を紹介されました。そこで本格的に検査をし、何か打つ手があるのか、もしくはないのか、あるとしたらその治療をどのように進めるか、ついにわかるというのです。

 

私がヤバイ夢を見たのはその夜のことです。

うまく説明できるかわかりませんが、ちょっと説明してみます。

夢に出て来るのは、ど田舎です。といっても古くさびれた雰囲気ではなく、どちらかというとハイジ的なさわやかさを感じる場所。見通しの良い大草原があって、集落的なところにはスラム街があったり、夢には出てきてませんが一般的なエリアもあったと思います。このへんはちょっと、日頃ゲームしまくっているのでちょっとファンタジーかもしれません。

 

そして、2人の主人公が出てきます。男女ひとりずつ。

女性の方は、一言で言うと、映画『新宿スワン』に出てくる沢尻エリカさんの役。夢の中で名前が語られることはありませんでしたが、説明の便宜上エリカと呼びます。その人はすごく美人で儚くて、諸事情(その事情は知らないが)で体を売っています。彼女を世話しているとも言えるし、酷使して利用しているとも言える男性がおり、エリカはその人の言いなりです。騙されているのではなく、すべてわかったうえで、逃げられないのです。まさに新宿スワン状態。

 

男性の方は(前述の男とはまったく別)、自閉症もしくは知的障害を持つ男性で、おおよそ21歳くらいに見えました。太っちょで、どんくさく、でも純粋です。ここではBちゃんと呼びます(「くん」というより「ちゃん」と呼びたくなる人柄)。

Bちゃんもやはり、ある男性に利用されており、その人は雇い主なのですが、Bちゃんに判断能力がないことをいいことに、非常に低賃金であったり、ほかにもさまざまな悪条件かでBちゃんを酷使しています。けれどBちゃんにはそれすらもわからず、その男性を慕っているのです。

 

ちなみに私とエリカ、私とBちゃんの関係性については夢の中では特に判断できなかったのですが、さほど親しいわけでもなく、だけど村社会なのでお互いの存在は認識しているという感じでした。あえて端的に言うなら、ご近所さんという感じでしょうか。

 

で、エリカはそんな生活をしているので神出鬼没なのですが、ある日ふらっとわたしの前に姿をあらわし、しかもぞっとするほど上機嫌で(多分薬キメてる)、「今日はうちに遊びにきてよ」と言います。

いや、家はやばいだろ(男いるだろうし…)…と思うのですが、偏見はよくないかなみたいな謎の発想でついていくことに。ところがどっこい、家に行ってみると、その男が死んでいるではないですか。

殺されているのですが、殺したのはエリカではありません(現実であれば、なぜわかる?となりますが、夢の中では設定は設定)。エリカも死んだ彼の姿を見て完全に放心しています。信じられないという感じで、薬も一気に醒めましたって感じ。

私はそれまでエリカのおかれた状態に対してまったく当事者意識を持っていなかったにもかかわらず、そんな状況に遭遇し、とっさにこう言うのです。

「逃げよう」

と。

 

前後関係は不明ですが(なんなら同時進行かも)、ぶうちゃんの雇い主が度重なる悪事で逮捕されます。その世界における警察はアウトロー中のアウトローで、その雇い主をめちゃくちゃに拷問します。どういう拷問かというと、機械に左右の足を別々にくくりつけ、左右に引き裂くというもの。しかもそれが録画されているんですね。

…というのを私もぶうちゃんも知らなかったのですが、わたしがぶうちゃんの近くにいるとき、そこになぜかモニターがあって(ブラウン管みたいなやつ)、スイッチがあって押したら、その拷問映像が流れてきました。雇い主が引き裂かれる様子を見て、ぶうちゃんが「どうしようどうしよう!?」とパニックを起こします。私は「こんなもん、みるもんじゃないよ」とスイッチを切り(どんだけクールなんだ)、思い立ったようにこう言うのです。

「逃げよう」

と。

 

かくしてエリカとぶうちゃんを連れて村から逃げ出すことになった私は、草原の真ん中にぽつんと立つ駅に向かって走ります。それは単線列車で、くる電車は一両編成。何に追われているのかわからないけれど、急がなきゃという気持ちが胸に迫ります。

 

駅に近づくと、ぶうちゃんの母親がホームに立っているのが見えました。そして近づいて来る電車。それを見て、「あの人飛び込むんだ」とわかりました。私はとっさに、でも強く「見たくない!!!!」と思い、くるりと後ろを振り向き、念のため目を手でおおいました。そして、音も聞きたくなかったので、ありったけの声で「いやーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」と叫んだのです。そのかいあって、何も見なかったし、なにも聞こえなかったのですが、後頭部に粉々になった脂肪片がくっつくのを感じました。目をあけると、目の前に立ち尽くした(後ろを向かなかった)エリカとぶうちゃんの顔には、肉片が飛び散っています。

わたしはおそるおそる駅の方を向きました。すると、駅周辺には臓器が飛び散っています。しかもその臓器はなぜかかわいくデフォルメされていて、中にはFF14に出てくるオルちゃんも…笑

ちなみにオルちゃんはこちら。

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(©️︎スクウェアエニックス

オルちゃんはタコであって臓器ではないですけどね。

で、いつ現れたのかは不明ですが、気づくと横には飛び降りた女性の母親(ぶうちゃんの祖母…?)が立っていて、今目にしたものが信じられず、現実を受け入れられず、「あらまあ、あらまあ、大変…」と言いながら臓器を拾い集め始めます。

私はゆっくりとエリカとぶうちゃんの方を振り返って、「…とりあえずシャワーあびよっか」と言ったところで、まるでさっきから起きていたかのように起きました。

 

 

…なんの前触れもなくグロくてすいませんでした。私個人の話で言うと、グロテスクな夢を見たのはこの日がはじめてでした。この夢はいろいろ自分の心理状態を反映していると思っていて、たとえば

・エリカとぶうちゃんは社会的弱者→ましろに重なる(自分で病院に行ったりできないし私がなにもしなければなにもできない)

・他人事だったふたりの人生が、「たまたま居合わせた」という理由だけで突如自分の人生とからまる→ひとごとだった闘病生活が突如自分の人生に降って来る

・飛び降りた女性の死から目をそらした→ましろに訪れる死から目をそらしたいという願望の現れ

・逆に女性の死を目の当たりにした“母親”の気がふれて、とんちんかんなことをし始める→かなりうちの母に似ていて、ましろが点滴で一時的に元気を取り戻しごはんを食べ始めたとき母は「すっかり元気になっちゃった!がんは何かの間違いだったんじゃない?このまま元気になっちゃうんじゃない?」と言い出した。逃避は一種の防衛本能だと思うけど、正直げんなりした

 

不思議なのは、なぜ主人公はひとりではなく、ふたりだったのか、しかもいい感じに設定のばらけた男女なのかというところ。もしかしたら膠原病と戦っている母の存在もやはり自分の中で大きく、母もましろも助けたいという深層心理があらわれたのかもしれません。(ちなみに母は先日検査の結果がとても悪く、次の検査でも数値が悪かったら再入院と言われています)

 

 

ちょっと尻切れとんぼかもしれませんが、書きたい部分は書き切れたのでこのへんで終えます(疲れました)。

ちょっと残しておきたい内容だったので、書けてよかったです。やっぱり書くのは好きかもね。では、長々と失礼いたしました。

今、18歳のときの自分に伝えたいこと

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28歳を目前にして思うのだが、後から振り返ると人の“旬”は短い。

そもそも旬とはなんぞやという話になってくると思うが、とりあえず私はもし過去の自分に会えるのならこう言いたい。

 

「何もかも今やれ」

 

と。

 

ある程度自分の意志で動けて、未分化で、そして何より時間がある。

 

暇だと言っているわけではない。実際、社会人は会社に行けばいいだけなのに対して、学生はあれやこれやと手を出したりするからある意味では社会人より忙しいことも往々にしてある。

 

だけど、自分でスケジューリングできる忙しさと、そもそも定時というものに縛られている忙しさは融通の効き方がまったく違う。会社員は忙しいのではなく時間を拘束されているのだ。

 

やる気の問題ではどうにもならない。どんなに頑張っても週に50時間は拘束される。

 

そんな単純なことが、わたしはどういうわけかまったくわかっていなかった。事実としてわかっていても、全然理解していなかった。

 

一度働き始めたら、もう立ち止まることはできない。いたずらに歩みを止めようものなら、電気やガスも止まる。「挑戦できるけど挑戦しない」のではなく「挑戦したくても挑戦できない(もしくは異常なまでのリスクを伴う)」という状態になる。

 

 

言わせてもらうけど、社会には

「手遅れなんて言葉はない」

とか

「何歳になっても挑戦できる」

とかむやみやたらにポジティブな触れ込みが多すぎる。

それはある意味ではその通りだけど、そうじゃないことも多い。というかそうじゃないことの方が実際は多い。

「何歳になってもリスクをとれば挑戦すること自体はできる」の方が正確だろう。

 

 

だからさ、ね。

いつか何か人生のテーマに出会えるかも、とか言っている場合ではなかったんだ。

もし何かできるとしたら、何かを成せるとしたら、学生の4年間が最初で最後で最高のチャンスだった。

そう、あの時わたしは旬だったはずだった。

 

 

私はどちらかというとアクティブな学生だったと思う。ダブルスクールしたりインターンしたりTOEIC900取ったりした。

でも今思えば、すべて表面をなでているような生ぬるさだったと思う。

もっと泥に手を突っ込んでかき混ぜたりまさぐったりすればよかった。

こぎれいな学生生活を送ってしまった。必死さがなかった。

 

 

私は最初で最後で最後のチャンスをうまく使えなかったと思う。

就職に失敗したのも(そもそも就職を試みたこと自体が)自分をわかっていなかった、理解できていなかったからだし。

 

 

もちろんその失敗あっての今だと思うし、今何か取り返しのつかない状況になっているわけではないけれど、それでももうあの資源(自由自在に使える4年間)を手に入れることはないのだと思うと多少の悔恨が残る。

 

 

…でも、18の自分にこんな説教たれたら、「うるせえ、おめーよりよっぽど行動してるんだよ」と言われそう。そしたら「言えてる」って言うほかないな