それでも恋するノリコ

恋愛ブログではありません!

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夫と知り合ってからの間のどこぞのタイミングで某事情から書いてお蔵入りした「ULTRA LOVE」をテーマにした散文(というと無駄にかっこいいから使ってみたけどただのチラ裏)

 

恥ずかしすぎて秘めてたけど「いまだ!」って感じなので出してみんとす(しかし改めて読んでもここから結婚に至ったのアンビリバボすぎる)

 

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超、好きな男の子がいる。

希という。

 

希のことが、超好きだ。

どこが好きかと聞かれても困る。

「希」が好きだ。

 

顔が好きとか性格が好きとか、そういう説明はどれもピンとこない。恋愛感情か、友情か、そのどちらもしっくりこない。

いつでも寄り添える恋人でもなければ、なんでも話せる親友というわけでもない。そう頻繁に会えるわけでもなければ、離れていてもつながっているのだという深い信頼関係を築けているわけでもない。

 

そこから何がどうなったらこうなるのかわからないが、とにかくそういった状況をものともせずに、私は希のことが超、好きなのだ。

 

うっかり希がこのコラムを読むことがあれば、98パーセントの確率でドン引かれてしまうだろうが、もはや気にしない。私が希のことを“超好き”なのは私個人の性質と価値観によるものだから、誰に理解してほしいわけでもないし、逆に隠しておく義務もないと思っている。自由だ。ちなみに、職場の前で待ち伏せたり、部屋に盗聴器をしかけたりする予定もないので、その点はぜひ安心してほしい。

 

希に同等の「好き」を強要するつもりはさらさらないから、多分この先、近づくでもなく、遠ざかるでもない、いわゆる “知り合い” として関係が維持されていくだろうと思う。

 

はたまた、私の偏愛に恐れをなして遠巻きにされるかもしれないし、逆に何かのきっかけでより関係性を深める可能性だってある。未来のことはわからないし、さして気にもならない。

 

ただ、ひとつだけ。

こんなときは私を思い出してほしいと思うことがある。

 

いつか、自分の存在価値がわからなくなったり、生きる意味を見失ったりしてしまうような、孤独な夜が訪れたら。何もかもが信じられなくなったり、自分で自分を愛せなくなったり、広い宇宙の片隅の小さくて大きなこの世界で、一人立ち尽くしてしまうような瞬間があったら。



私は超、好きだよ、希。

ほかのどんなこともわからないけれど、少なくとも私に超、愛されていることは確か。

 

希が自分でそれをできないとき、代わりにずっと、ずっと、希の存在を肯定し続けるし、いつだって味方する。もし望むなら、眠れない夜にかけつけてバターをちょっぴり溶かしたホットミルクを作るし、許せない“誰か”のわら人形を代わりに作ってもいい。

 

どんな瞬間も一人じゃないし、一人になる必要もない。私を鏡にして、自分がどれだけ価値ある人間なのかに気づいてほしい。



そうして彼を肯定する日のために私はスタンバイしているけれど、そんな日は一生、来ないといいなとも思う。ずっと私のことを思い出すこともなく、笑顔でいてくれますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

(親しくなってからわかったことだけど希は牛乳を飲むとおなかを壊す笑)

進む

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9月ももう終わる。

妊娠アプリが「出産まで残り100days」と報せてきてなんとも言えない気持ちになる。

胎動はもう当たり前に感じる日々で、だんだんと重くなるおなかを抱えてペチペチとガニ股で歩くのにも慣れてきた。

彼との暮らしももうじき半年になるわけだが、ある程度板についてきて落ち着いた日常を過ごしている。

 

そういうときだからこそ、だろうか。

ふとした瞬間に過去のことを考える。

 

当時好きだった彼を交えたグループで朝まで飲み明かしたときの新宿のネオン

へ〜歌がうまいんだねと言ってくれたゴールデン街のママ

ふと思い立ってひとりで沖縄へ飛んで眺めた海

他のことは全部放り投げて2ヶ月毎日英語の勉強に没頭してとったTOEIC900

普段使いをするには難しい素材・デザインだけど一目惚れしてしまったからと高いお金を出して買ったかわいいブラウス

これらは自由すぎた学生時代の思い出だ

 

さらに遡ることもある

汗がしたたるのも気にせず放課後に飽きもせず何時間も円陣バレーをしたこと

結果的に家族揃っての最後の旅行となったモーレア島旅行

学校の定期テストで出題されたものの手も足もでなかった東大文系の数学の過去問

親が予約しておいてくれたものの実際は缶詰のフルーツばかりがはさまった冴えないクリスマスケーキ

 

どれも当たり前に二度と戻れない日々で

当時はそれなりに等身大の悩みを抱えてはいただろうけど

思い出はいつもきれいなんだ

 

ただただ体調の優れない妊婦期間

理不尽に思えたあの人の言葉

見通しの悪いトンネルの中にぽつねんと取り残されたような不安感

きっといつか輝き出す

 

怖がるにせよ楽しむにせよ

前方にしか道はないのだから行くしかない

どのみち“現在のベスト”を模索するしかできないのが人生なのだから

不確定要素をいくつもあげつらって無限の可能性を検討していくよりも

なるべくシンプルに物事を考えようと思った日曜の午前でした

魂は意外と重い

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死ぬほど愛した愛猫・ましろが旅立ってから1年と一ヵ月。

当時のことはブログにも書き残していますが

何度読んでも泣いてしまいます。

nyoki2.hateblo.jp

 

親族の葬式に出たことはあっても看取った経験はなく、数年前に愛犬をなくしていますがこちらも看取ることはできなかったので、ましろの死は本当に印象深く記憶に残っています。

魂が抜けるとは、このことかと。

 

よく、遺体は生前よりも軽く感じるといいますが、それは生きているときは体のどこかしらの筋肉が働いて多かれ少なかれ力んでいるからだそう。亡くなると全身の力が抜けるので、あえて直接的にいうと、まるで人形かぬいぐるみのようになるんです。

 

ましろが死んでしまうとき。

呼吸は苦しそうで、目の焦点は合わず、痙攣を繰り返して、本当に早くらくにしてあげたいと思いながら見守っていました。

なんなら、首をしめようかと(一瞬ですが)考えたほどです。

けれど、延命も安楽死も一切せず、本人の天命をありのままに全うさせると心に決めていたので、ただただ苦しむましろを眺めていることしかできませんでした。

呼吸はやがてしゃっくりのようになって、その間隔がだんだんと空いていく。

「これが最後のしゃっくり…?」

と思うようなものが3回ほどあり、その果てに、ましろの魂がスッと旅立つのがわかりました。

 

ヒッ…と呼吸をして、ましろが動かなくなった。

ましろましろ

私がましろをゆすると、ましろはまた「ヒ、」と身じろぎして、両手両足をぐぐーーーーーーっと伸ばした。まるで寝起きの伸びみたいな感じで、苦しそうにというよりは結構リラックスした感じの、伸び。それでふーーーーーっと息をはいて、スッといなくなってしまいました。

(当時のブログから)

 

魂のいなくなったましろは、本当に抜け殻でした。

普段だったら絶対にやってくれないポーズもさせられちゃうし、眼球を触ってもびくともしない、耳に指を突っ込んでもしっぽをいくらひっぱっても反応しない。

(…今思えばそんなことするなっていう感じなのですが、そのときは「死」のなんたるかを自分なりに一生懸命確認していました)

さっきまでもがいていたのに、名前を呼べば反応したのに、一瞬の旅立ちで、もう残されたからだはぬいぐるみとしか言いようがない、これが死なんだと思いました。

生命って、魂なんだ。

行ってしまったんだと、受け入れるしかない。

もうそこにはましろはいないのだと、理解するほかない、それくらいはっきりと、それは「現実」でした。

 

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死生観と言うほど大げさなものではないかもしれませんが、それ以来私は「魂の重さ」についてよく考えます。

 

人生において、一番大切にしなければならないもの、それが魂だと思うようになって。

 

肉体が生きていても、魂(精神)が死んでいたら意味がない。

 

喜びや痛みって、人と分かち合うことができる範囲ももちろんあるんですけど、でも本当の本当の本当の核心の部分は自分で処理するしかない。

実母であっても痛みを代わってくれたり、思考を100%理解することはできない。

精神は、自分が自分たる部分だから、仮にこちらがどんなに願っても、誰かと共有できる部分ではないと思うんです。

 

私自身、割と破天荒な人生を送っていると思われることが多いのですが、少なくとも自分の「精神」の在り方にだけはしっかりと責任をもっているつもりです。かなり鬱っぽいほうですが、それを誰かのせいにしたことは誓って一度もありません。

 

会社がつらくて辞めたいと相談してくる友人に、「やめて大丈夫だよ」と背中を押しているのは、ある意味無責任かもしれないですが、それでも私の価値観では、まず健全な精神があってからの「人生」。「まずは精神と判断能力を取り戻そう」というのが私の主張です。

ものすごく極端なはなし、同じ自殺でも、判断能力を失っての自殺と、自己判断での自殺では全然違うと思っているので。

 

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今私は妊娠5カ月なのですが、体の中にもう一つの肉体が入っていることよりも、もう一つの魂が入っているということが不思議でならない。

ちょっとSFチックですが、魂ってどこから来て、どこへ行くんだろうとか思ったり。

毎日数え切れないほどの魂が旅立ち、そして宿っているんだなあと思うと、生命の神秘的なものを感じます。

 

ちょっとよしもとばななさん化してきたかもしれない笑

 

うーんでも、こんなことを突然考えたのは、盆入りだからなのでしょうか?

そう考えるとちょっとあれですね、怖いですね笑

ましろがおうちに帰ってきているのかもしれない。今日はちゃおちゅーるでも供えるか。

暑いからアフタヌーンティーはおうちでやらない?

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現実逃避で書いたアフタヌーンティーの一枚絵。

おうちでアフタヌーンティーするなら、市販のもの買ったり、作れるものは作ったり、気軽にやりたいねっていう提案です。

アフタヌーンティーであるあるな意見として「スイーツが多すぎる!セイボリーもっと多くてもよい!」というものがあると思うのですが

おうちヌンだったらそういうのもばっちり反映できるよね!っていう。

 

アフタヌーンティーを考えるうえで個人的に一番楽しいのはやっぱり構成を考えるところ。

家庭料理ふうに言うなら、献立を考える部分。

私は結構これが好きで、食べ合わせとか考えるの楽しいんですよね。作るの自体はほどほどですが。

だから絵描いて終わりが一番楽しい。。。

 

絵にも書いてますが、私の意見ではスコーンは絶対にほかほかのものを後だし派です。

帝国ホテルやマンダリンはほかほかのものを後だししてくれます。

あたたかいスコーンを最初に出すホテルは滅びたほうがいい(言いすぎ)。逆に、どういうこと?セイボリーを食べている間にみるみる冷えていくスコーンを眺めてろってこと?それとも最初にスコーンを平らげて、そのあとぬるくなったセイボリーとスイーツを食べろってこと?ねえ、説明して。コンラッドペニンシュラ、お前のことだぞ!おい!(追いかけまわす)

なお、あたたかくないスコーンを最初から3段皿にのせた状態で出すところも少なくありません。内心「よくサービス料取る気になったね!」って思っていますが、そういうお店の場合「メニューにスコーンはなかった」と脳内処理しています。

 

描いてみたらお茶に関するスペースが一切なくなってしまったので、そのうちアレンジティーだけで一枚描いてみよっと。

 

それにしてもさすがに清書と着色くらいしないと人に見せられる代物ではないか…

次回(があれば)検討します…

彼の話

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ブログを訪れたら、「90日以上更新のないサイトに表示される広告」が表示されていてびっくり。自分の生活が変わってから3ヶ月。全然何かを書く気が起きなくて、生活に精神が振り回されていた。今もだけど。

 

何がびっくりって、妊娠した。Twitterでもこんな感じで

爽やかに妊娠宣言をしてみたものの、本当は自分自身まったく現実についていけていない。そしてつわりがつらすぎて思考も整理できず食や旅行で水やりをすることもできず、ただ日々の発熱と吐き気とたまにくる頭痛や腹痛に対して「うーんうーん」とうなりながら身をよじらせることしかできずにいるのだ。

そんなどさくさもあって、「てか父親は誰やねん」という部分についてSNSなどに言及することもなかったのだが、今日は彼について書いてみようと思う。

 

 

彼はなんと、10歳年下の19歳だ(今年ハタチ)。

1年半くらい前にネトゲで知り合い、1年前くらいに初めて会って、今年の3月に付き合い始めた。

彼の地元は房総の某所であり、うちまでドアツードアでおおよそ2時間かかる。遠距離とまでは言わないが中距離。4回ほど週末を一緒に過ごしたあと、彼はあっさりと仕事をやめてうちに引っ越してきたかと思うとその月のうちに東京で仕事を見つけてしまった。

なお、それが4月で、妊娠が発覚したのは5月ということで、誰が聞いても「ちょっと落ち着きなよ」という、人生ゲーム顔負けのスピード感である。

 

***

 

こういう状況で何もかもが落ち着かないのは当然と言えば当然なのだが、中でも特段不安に感じていることがある。

 

 

私はこれまで本当に好き勝手に生きてきた。

やめたい大学はやめたし、やめたい会社もやめた。1年半フリーランスも堪能した。35年ローンを組んで購入した一軒家に猫2ひきと気ままに暮らすことで、この世でもっとも煩雑で繊細な「人とのコミュニケーション」を少なくとも自宅においてはシャットダウンしてきた。

自分は能動的にこの暮らしを選択してきた。ときには、邪魔なものは多少強引にでも排除して自分の快適さを優先する局面もあったと思う。

だからこそ、誰かの自由も侵害したくないという思いもかなり強く持っている。自分がベストと思う状態を相手も保有すべきと思っている節があって、それを奪うことへの恐怖感が心理的に深く根付いているのだ。

 

要するに私は、彼を不幸にしていないか不安なのである。

 

彼は実家を出てうちにきたので、家事などにも慣れていない。作業そのものもそうだが、どういうときにどういう感じで家事をやっておいたらうまいことまわる、といった経験値も当然ながらまだない。

加えて私がつわりでほぼほぼ使い物にならない状態だ。料理はここのところ一切できていないし、彼の自炊の匂いを嗅ぐだけでつらい状態で、食事中隣にいることもままならない。

 

彼は住み慣れた地元を離れ、友達もいない東京に一人やってきて、慣れない職場で働き、家に帰ればぼっちめし。頑張って働いたお金を自由に使いたい年頃だろうに、これからは家族や子供の生活のために使われていくのである。

 

こんなこと言っても何にもならないが、はっきり言って不憫である。

考えようによっては、彼が自発的に選択したことともいえる。一方で、状況が彼から選択肢を奪ったとも言える。彼はわたしみたいにネチネチとこねくり回して思考するタイプではないのであっさりと「そんなこと言っててもしょーがないじゃん」と一笑に付されてしまうだろうが、私はもう彼が「家事も新しい仕事もた〜〜のし〜〜〜〜♪♪」とインド映画顔負けの歌と踊りを披露してくれない限りこの懸念を払拭することはできないのである。(いろいろと大矛盾だが一種の親心にも思える)

 

***

 

ちなみに、私たちはめちゃくちゃ喧嘩が多い。 

感覚的には2日に一回くらいは喧嘩しているような気がする。

 

まず言うまでもないのだが育った環境が違いすぎて基本的に価値観が違う。あとはコミュニケーションの取り方もだいぶ相違がある。

私は悲しみで泣くことこそ多いが、怒りのベクトルで感情的になることは滅多にない。不満や腹立たしく思うことがあれば、ほとんどの場合論理的にそれを伝えようとする。口にする前に頭でいろいろと整理するので、結果的にいつまでもそれを覚えていたりする。

一方で彼は考えるより先に態度に出るタイプだ。イライラするとすぐ表情と口調に出る。あまりまわりにいないタイプなのでその突発性に耐性がなく、彼がいきなり「わかったよ、やればいいんだろ!?」と語気荒く言ったりすると素でびっくりしてしまう。かと思えば30分後には「さっきはごめんね、スキスキスキスキ」と驚きの手のひら返しである。彼の怒りは本当に瞬間的。私が一枚一枚ファイリングして棚に整理していくのに対して、彼の場合はくしゃっと丸めてどっかにポイっとしてしまうのだ。

 

これ結構すごい違いだと思う。

普通は価値観の近い者同士が何気なく惹かれあって居心地のよさから結婚を決めたりするケースが多いように思うが、何もかもが違う私たちが一緒にいて、ぶつかり合いながらも新しい命を育もうとしてるのって、一周回ってものすごいヒューマンドラマな気すらしてきた。

 

お互いにお互いが未知なる存在で

お互いに初めてのことが一気に押し寄せて

お互いに何かがピンと張り詰めた中で生活していることは確認しあう間でもない事実である。

 

 

東京に来てから一度だけ、彼が私の前で泣いたことがある。

あるとき、ふたりでブライダルフェアに出かけた。具体的に結婚式について検討していたというよりも、はっきり言って無料の試食に惹かれたのである。いつも些細なことで喧嘩するがその日も帰り道に本当にしょうもないことで喧嘩した。

「うちら本当に合わないよね」

心底そう思って言った。険悪なまま家につき、彼はふてくされてベッドへ行った。私は洗濯や洗い物をひとしきりしてから、放置はさすがにかわいそうだと思い寝室へ。彼の隣に腰掛けて、「もう寝るの?」と声をかけたら、私をじっと見つめた彼の目からみるみるうちに涙がこぼれ出して「うええええーん」と泣いたのである。

「合わないと思うしそう言われることもいいけど、今日だけはいやだった。せっかく楽しかったのに」

シンプルでまっすぐすぎる主訴に面食らった。彼は私の想定をふたまわりも3まわりも上回ってピュアだったのである。

 

***

 

普段と違うということには早々に気づいていて、妊娠判定が陽性だったときも驚かなかった。彼は「おめでとう!」と言ってデパ地下で大きなステーキを買って来てくれた。

彼は東京でやっていくつもりなのだ。

私も当分はここにいることになる。

そのふたつの事実があるうちは、きっと家族として暮らしていくのだろう。

 

これからどうなるんだろうと泣きたくなる夜も多いが

彼の純粋無垢な寝顔に救われる夜もまた多い。

 

未熟な二人ではあるが、なんとか助け合ってやっていきたいと思っている。

2018.2.24

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飲んで寝たからか、映像の停止ボタンを押されたかのようにプツッと目が覚めた。土曜日の朝6時。ここ数週間は3人暮らしをしていて一人の時間というのが恐ろしいほどなかったから、突如ぽっかりと湧いて出たこのポケットのような時間に妙にわくわくする。

 

ところで平日の仕事は10時からで、超ギリギリまで寝ている私の起床時間はおよそ9時である。すると猫たちはいつも先に起きていてリビングでゆったりと外を眺めていたりするから、何時頃どのように起き出しているのだろうとずっと疑問だった。それ自体はいまだによくわからないのだが、少なくとも6時段階ではふたりが身を寄せあってベッドで爆睡しているのだということがわかって、世界の真理にひとつ近づいた気分。そしてふたりの様子をただじーっと暗闇のなかで眺めていたら、家族がいるのはいいものだなあと当たり前のことをじわりじわりと感じた。

 

当たり前のことも、体験を伴うことで改めて理解できるということは、ままある。

書き出してみると本当にばかみたいなのだが、早く寝ると早く起きられるとか、たくさん着込むと暖かいとか、運動すると調子がいいとか、お酒を飲むとコミュニケーションが捗るとか。

しかもこれらは毎回、いい感じに忘れてしまって、ことあるたびに「うわあ早く寝ると早く起きれるんだなあ!」なんて思ったりするのは我ながら少し頭が悪い。

 

そして「好きを仕事にするより得意を仕事にした方が生きるのがラクだから」という理由で書き仕事をしているつもりだったけれど、こういう機会にこうやって自然とPCを開いて日記を書き出すあたり、やっぱり書くことが純粋に好きなんだろうなと思った。なんだかこれも第三者から見たら「そりゃそうだろ」という感じなのだろうけど、自分としてはやはりこれも体験に伴ってしばしば思い出すことのひとつなのである。

 

 

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昨晩はいい意味で毒にも薬にもならない気楽な飲み会だった。ネトゲの友達なので年も環境もばらばらなのだけれど、なんやかんやと2年半ほど知り合いの人々なので謎のまとまりを感じる。

 

ふと思い至って今年のスケジュールを振り返って見ると、プライベートの約束の8割くらいがネトゲの友人だと気づいて戦慄。考えてみれば家でも、ハープを練習しているかゲームをしているかのどちらかなので、随分と自分の生活の軸がゲームにあるものだと素でびっくりしてしまった。

 

ネトゲの友人は基本的に好き。リアルで知り合う人とは、どういう経歴なのかとかどういう道をめざしているのかとか、そういう部分に注目したり話したりすることが多くて個人的には肩が凝る。この歳からバカな話ばかりできる友人に出会う機会はそう多くなくて、だからこそネトゲの友人は結構貴重な存在になったりならなかったりする(どっち)。結局、期待もしなければ失望もしない、そういう距離感で長く付き合えるのが私としてはベストなのだと思う。

 

期待するのは、本当に疲れる。勝手に期待して、勝手に落ち込む。LINEが返ってこないとか、同じだけの好きが返ってこないとか。見返りを求めると大概ろくなことがなくて、できることはただ愛することだけで、そこに愛が返ってくるかどうかはもうコントロールのしようがないということを何度も自分に言い聞かせないといけない。

 

戦略はときに大切というか、現実問題有効だったりするけれど、本質的にはそれも違うなと思う。ここでこう言ったら気が引けるかなとか、ここらで連絡止めておこうとか考えないこともないけれど、とにかく根本では「いかに歪みなく相手を愛せるか」が絶対的に大切で、その言動は筋が通っているかとか、誠実さはあるかとか、そういう部分だけはまがりなりにも担保したいと切実に思う。聖人君子にはなれないし、欲深い自分を取り繕うことはできないけれど、そこさえクリアになっていれば、結果的に別々の道を行くことになったとしても、禍々しいタイプの執着や悔恨を残さずに進んでいけるのではないか。

 

 

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先日、出勤の道すがらにふと、「過去に捨ててきたものをすべて拾い集めてこれたらなあ」などと思った。日々を生きるのに精一杯で、気づけばこんなところまで来ていたけれど、改めて振り返ると失ったものの多さに足がすくみそうになる(から基本的には見ないようにしている)。

 

取捨選択の連続である人生において、何もかも抱えていくというのは限りなく不可能に近いとは思うのだけれど、それでもできるだけ取りこぼしたくないと保守的な感情にとらわれる今日この頃。少なくとも本当に手放してはいけないものは何か見極める審美眼を備えたいし、そうできるよう気張りたいと思う。

 

私の言う「誠実さ」はもはや偶像信仰に近い。つらいことやうまくいかないことを経験して、最終的に「誠実さとか正しさとかが自分を救うに違いない」という考えに至ったわけなのだが、冷静に考えてそれも宙をつかむような話だなと。考えれば考えるほど拠り所がなくなっていく。今日もわら一本にすがって、大海原を漂流していくような感じなので心細い(とは言え、もはやそれが通常営業)。

 

 

すごい、これといった主題もない文章を1時間45分もかけてとっくりと書いた。いい時間になりました。読んでくれた人、ありがとう。

母と病院(転載)

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Facebookが「●年前のこの日」みたいに見せてきてくれるやつで、そういえばこんなの書いたなあというものが出てきた。今見ると妙に味わい深いので転載しておく。

 

ちなみに以下のエントリーを書く1カ月前くらいに書いたもの。

nyoki2.hateblo.jp

 

以下転載。

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母が入院した。ので、お見舞いに行った。
退屈だろうと思って買った「せかいいちのねこ」というヒグチユウコさんの絵本を会社においてきてしまったから渡せなかった。

仕事のあとに行くから20時頃の訪問だけど、なんと見舞いは22時まで可能なのだという。夜なので院内の人通りも少なくて、ナースステーションにはひとりだけナースがいて少ない明かりの中なにやら事務作業をしていたみたいだった。

私が行った時母はものすごい体勢で寝てたので私も隣にもぐりこんでうとうとしていたら看護師さんが「松本さーんお熱はかりますよー」とカーテンをシャッと開けたのでわたしは横になったまま「よろしくお願いします」と言ったら笑われた。マスクをしていて顔がよく見えなかったけれど若くて利発そうな看護師さんだったので好きだなと思った。

目を覚ました母はあっこが痛いここが痛い、だるい、背が5センチ縮んだ、足も縮んで靴がゆるい、体重は5キロ減ったと矢継ぎ早に報告してくる。そうなんだ、そうなんだ、かわいそうに、と言いながら母をなでると「お医者さんがこう言ってたけどママ全然難しいことわかんないし」と言う。そしたら看護師さんが体温計を見て「あれ、お熱ありますね。今朝はなかったのに」と。母はばつが悪そうに「ナンデカナ」と言ってた。

「今日はパパくるかな?」と私が聞いたら「きっと来ないよ」とママが言うので、そうか、来ないのかと思ってたらパパが来た。
パパは(多分)毎日来るつもりだ。
3人でおしゃべりしてたら、なんだか家にいるときよりかえって会話しているかもしれないと思った。

21時をまわったら母は「もう帰ってごはんを食べなさい」と言う。私とパパが帰るのをエレベーターまで母が見送るのがすごく変な感じだった。こういう言い方したらほんとにいろんな人に対して失礼になる可能性があるけど病院っていうのは私にはけだるさと絶望とわずかな希望(つまり死とかそれにつきまとう何か)が壁や床にしみついているような感じに見えてならない。「なんで病院ってこんなにこわいんだろう」って言ったらパパが「そう!?もう慣れちゃってわかんない」って言ったのでそういうもんか・・と思った。

7階から1階に降りるだけのエレベーターは途中で3回もとまって、見舞い帰りの人たちでぎゅう詰めになる。みんなが夜間出口を通って各々の生活へ帰っていくのを意味ありげに見守ってしまった。病院を出て駅まで歩きながら、「ママすごく具合悪そうだね」と言ったら「そうだね、具合が悪いと気力もなくなる。気力がなくなるともっと具合が悪くなる。それが”病気”だからね」と。「小児科病棟の四季とか読むとさ、難病の子供達って悟り開いてるよね。『ママ、僕が死んじゃってもちゃんと元気に生きてね』とか言うよね。なんでかな」と尋ねると「子供はまだ世の中を知らなくて、天使に近い存在だから」と言うので頭のよい人だなと思った。外気に触れながら歩いているとさっき病院で感じた閉塞感と真逆の新鮮な現実を感じて、母を遠い異空間に閉じ込めてきたような気持ちになる。

夜、パパの部屋のドアがあいていた。いつもましろが入らないようにしめきってるのに、これ見よがしに開いている。中をのぞくとましろと一緒に寝てた。パパったらさみしいんだね。でもすまないがましろは連れて行く。
ましろを抱きかかえると、「フグゥ」とおっさんみたいな声を出すのでごめんねって謝った。
お布団に入ったらここは静かでとても大きくて立派な家だなと思って涙がぽろっと出ました。おしまい